日記、だいたい怪文書

日頃思うことを書いています。どうしようもない

白鷺

 白鷺が悠々と翔ぶ。僕は哀しさを覚える。冬。

 実家の庭には池がある。池には表の池と裏の池がある。そして池には何匹かの鯉と、名前も知らない小魚の群れが泳いでいる。

 冬になると白鷺がやってくる。雪が積もった庭に立つ白鷺は、白い空、白い雪に染まって、少しも悲しくないように見える。彼は(雄か雌かという詳しいことはわからない。しかし、その立ち姿はどこか縁の細いメガネを掛けた紳士を連想させた)庭にやってきては魚を咥えて持っていくので、僕は彼に対してあまり良い心持ちを抱いてはいなかった。手を叩いて驚かせようとしても、何食わぬ顔でこちらを見透かしている態度が鼻につくようだった。

 今年も彼はやってきた。この度は、僕は手を叩かずに彼を見守ることにした。僕が廊下を一つ隔てて彼と対峙していたということもあるし、彼を驚かせようとしても無駄だという気持ちもあったし、さらに、魚が連れて行かれたとて、その命は僕の所有するものではなく、あくまでも魚の命であることに気づいたからかもしれない。

 彼は池の脇の石の上に立っていた。そして細い脚を一本、水面に差込み、もう一本の脚も続いて差した。その脚は動物の一部というよりも植物の枝のように思えた。有機的というよりは、至極単純な機械仕掛けによって動かされているのではないか、というほどに均一で、滑らかな動きだった。

 僕が彼を見つめている間、彼は一貫して表情を崩すことはなかった。僕と彼とが2枚の板硝子で隔てられていたからか、あるいは、もし一寸の近さまで近づいて見つめたとしても同じことだったのか、彼は飄々としていた。その表情はあまりにも、どこまでも平坦であった。

 彼は抜き足差し足、池の中を歩き回っていた。脚を差すたびに円い波紋が池を覆った。頸は足と連動して前後に動き、その動きは木工のカムによく似ていた。頭の座標を少し動かし、付随して体が動く。寒さのせいか、尾羽は少し震えていた。絶妙に噛み合った動きをしながら、白鷺は10歩ほど歩いた。

 その目は魚を探しているはずだが、彼は僕と時々目があった。彼はやはり表情を変えずに、歩くことを続けた。一度立ち止まっては、頸を動かして頭の座標を幾らか調整しているようだった。僕はその度に、見事なS字に折り畳まれた彼の頸に、感心した。そしてそこに流れているであろう暖かい血潮を想像した。彼の頸は、掌で完全に覆って掴むことができるほどに細かった。それでいて正確に頭の位置を固定していた。次に僕が想像したのは鉈だった。頸を掴まえて、その細い白い白鷺に鉈を振り下ろしたらどうなるだろうと想像する。そこから血が溢れる光景は、どうやっても想像できなかった。頭と嘴を失っても、頸は決まった座標の動きを繰り返しているだろうとさえ思った。実際にはそんなことは起こらないだろうが。

 幾度か動きを繰り返して、彼は悠々と飛びさった。後には波紋が二つ、円く残った。それは他の波紋と交ざり、どこまでが白鷺の跡なのかはわからなくなってしまった。立つ鳥後を濁さずとも波紋を残す。

 窓の外には冷たい雨が降っていた。