日記、だいたい怪文書

日頃思うことを書いています。どうしようもない

シンピカ

シンピカ。それが僕が好きだったもので、今も、年齢のわりには好きなものだ。

シンピカさがし。その思い出はいまも鮮明に焼きついている。

 

 ぼくがようちえんにかよっていたころ。ようちえんにはレゴ・ブロックがあった。ぼくたちはまいにちそれをくみたてたり、こわしたりしていた。ようちえんのあさにかならずやることがあった。

 

 シンピカさがし。

 

 ぼくはシンピカがだいすきだったし、ぼくたちもシンピカがだいすきだった。

 

 シンピカは、透明なレゴ・ブロックで、無色透明なもののことを、ぼくたちはそう呼んだ。青色で透明なものもあった。ぼくたちはこぞってシンピカを求めて、早い者勝ちで奪い合い、時にはほかの子の気を引こうと、シンピカを渡したりしていた。

 それはぼくたちにとって、当時、ゲーム・センターのアーケード・ゲームに入れる百円玉硬貨以外の、唯一の通貨だった。

 心惹かれるのだろう。その透き通ったものに子供ながらにして特別を感じ取っていたのかもしれない。透明を透明だと言えるだけの純粋さをぼくは持ち合わせていた。透明が原子やエネルギーの集合だと僕がいずれ知ることを、僕は予見していたのかもしれない。それゆえ僕は、愛すべきものを愛すべき時に愛したのか。今となってはわからないが、ともかくぼくはシンピカに惹かれていた。

 

 もう一つのシンピカ。それは園庭にあった。

 今ならはっきりわかる。心が否定しても頭が理解してしまう。あれは石英だ。園庭の砂にまみれた米粒にも満たない大きさの石英。それを集めては、大事そうにポケット・ティッシュにくるんで持ち帰った。

 夏休みの海でサクラガイの殻を拾い集める少女。彼女はそれをハンカチーフに包んで、帰りのバスに揺られながら大事そうに膝の上に乗せるのだ。

 僕はそんな少女に会ったことはないが、それと似た純情が当時のぼくにはあったと思う。

 どんなダイヤモンドよりも大切で、世界の半分と引き換えにしてもいいほどの価値がそれにはあった。石英ティッシュを突き破って転げ落ちて何処かへ行ってしまった時には、世界がぼくを憎んでいるのだとさえ思った。そういう些細なことに泣きべそをかくことのできる少年がそこにはいた。

 

 僕は今も比較的シンピカが好きだ。だが、僕のシンピカは、もうぼくの神秘化とは違う。蛍石石英といった石の名前を知っているし、アメジストの別名が紫水晶であることも知っている。一度知ってしまうと知らない頃には戻れない。言葉の不可逆性。僕の人生は、僕以外の人生も、常に言葉にさらされている。

 

 このことは誰にも話したことがなかった。でも書かずにはいられなかった。書くことを通して思い出が不可逆的に変質してしまうとしても、僕は考えてしまうし、その考えは言葉の形を取らざるを得ないのだ。純情は僕のどこに隠れているのか、はたまた失われてしまったのか。