洗った時計と過ぎたうるう日
どうも、僕です、Racchiです。
時計洗っちゃいました。
溜まりに溜まった洗濯物を、天気がいいので洗って干して、そしたらパーカーのポケットからホロリと落ちました。腕時計。
やっちゃったと思いましたね。その時は。なんせ時計ですから。セッケンでわちゃわちゃと洗ってしまうわけでしょう。これは直せるかな、壊れただろうなと思ったのですが。
無事でした。
さすがCASIOのF-91W1。防水なだけあって丈夫ですね。ジーンズともみくちゃにされながらにして時を刻み続けていました。
それはそうと、ぐるぐる洗濯機に回されて、腕時計の時間外れないのでしょうか。高まった運動エネルギーがクオーツに溜まり、時差が生まれるのではないかと思ってみたり。
日付を見てみると、気づかなかったが、今日は3月1日の日曜日なのに日付は2日の日曜日でした。時差かどうかと思ったが、閏日が反映されていなかっただけだと知る。
人間の決めた暦では太陽の周りを回るのにズレが出る。その調整のために1日増やしたのが閏日。時間というものも、人間が切り取った尺度に過ぎないのだと知る。もし周期が短いようにズレていたら、4年に一度1日減らされてしまうのだろうか。
人間が決めたものでも、むしろだからこそ、人には大切だ。誕生日が閏日ならば、4年に一度しかやってこない。もし閏日が増えるのではなく失われる日であったなら、閏日が誕生日の人は4年に一度誕生日が来ない事になる。4年に一度あるのか、ないのか、どちらがいいだろう。僕は3年来なくても、4年に一度あればいい。待つ時間、その時間にこそ楽しみはあるのだ。
まあ僕の誕生日は閏日でもなんでもないんですけど。