どんなに言葉を尽くしても、名前以上を表現しきることなどできない。
名前って偉大だと思いませんか。僕は思いますけど。どうも、僕です、Racchiです。
名前って偉大だと思います。いや、それほどでもないかもしれません。この程度のふわふわしている考えですけど、いつも思っていることです。
そんな名前のすごいところを仕入れておきましたよ。お安くしておきます。お代は通信量だけで結構です。
バトルドームがまずあったとしますよね。
Newアメリカンバトルドームについて語るとき、青い曲面、その四隅につながれたフリッパー、蛍光色のグリーンが映える。黄色のボールが飛び交う中で、5点の重みを持つ蒼のボールがドームの青に紛れ忍び寄る...
とか言っても、わからないわけですよ、訳が。
と一言言えば伝わる訳ですよ。
でもこれはこれでバトルドーム文学が書けそうですね。近々執筆します。
それに、どんなに言葉を尽くしても、それは近似に過ぎない訳です。
言葉でバトルドームの一面を切り取って表現しているに過ぎない、そういうことなんですね。それ全てを包括するにはバトルドームという名前が一番であると。
逆に、バトルドームという名前はその内側にエキサイティン!や3Dアクションゲーム!などを含んでいるので、それが一番なんですね。
3次元空間を2次元空間で切断していったとして、真の球にはなり得ない。多面体の域を出ない訳です。
一面だけを切り取る美しさも大切だと思いますけどね。